性能発注の実現へ 設計・施工一括 シーズとニーズのベストマッチング(澤田雅之技術士事務所 澤田 雅之所長インタビュー)

[2022/9/24 千葉版]
20220924c 設計・施工一括による「性能発注方式」のさらなる普及と実現を進めている、自身の技術士事務所長を務める澤田雅之氏。欧米諸国では一般的とされる性能発注が、なぜ日本では設計・施工分割による「仕様発注方式」が常識となっているのか。警察庁で築き上げた豊富なキャリア、そして先を見据える彗眼で「ガラパゴス」とすら表現される日本の発注方式が抱える問題を、〝シーズ〟(企業が顧客に提供できる商品価値や強み)と〝ニーズ〟(顧客が求める潜在的な要望)のベストマッチングにより解決していくことができると語る澤田所長に、その答えを聞いた。

──まず、仕様発注方式について

 「仕様発注方式とは、設計・施工分離の原則にもとづき、設計と施工を分離して発注する方式。つまり、工事仕様書に示すとおりに施工してくれといったやり方である。わが国における土木・建築工事では常識となっている」

──なぜそれが、今日の日本では「常識」となっているのか

 「仕様発注は、明治維新に端を発するわが国の特殊事情に起因することが、歴史をひも解くとみえてくる。明治維新後、日本は多くの優秀な人材を海外留学させたが、欧米の土木・建築技術を学んだ人材は、内務省など官庁で登用した。

 その結果、戦前の土木・建築の公共工事は、最先端の高度な技術を持つ官庁による直営方式ばかりとなった。さらに戦後になってから、公共工事の施工業務の民間への委託が始まり、続いて、公共工事の設計業務の民間への委託が始まった。

 この際、昭和34年に、建設事務次官通達で〝土木事業に係わる設計業務等を委託する場合の契約方式等について〟が発出された。そして、この中で〝原則として、設計業務を行う者に施工を行わせてはならない〟という、設計・施工を分離する原則が打ち出された。

 この通達が端緒となり、仕様発注が、土木分野以外についても、瞬く間に波及。こういった経緯から、仕様発注には法律・政令・省令といった法令上には根拠となる規定が無い。

 まだ、官庁の技術力が民間企業よりも圧倒的に上であった昭和30年代には適していたが、民間企業が優れた技術力を持つ今の日本にとっては、時代の流れにうまく追随できなくなっている。他国に類を見ないガラパゴス的な発注方式であるといえる」

──それに比べ、性能発注方式については

 「設計と施工を一括して発注する方式となる。要求水準書に示した機能と性能が実現するように設計して施工してくれといったやり方だ。わが国では馴染みが薄い発注方式になってしまっているが、欧米諸国では〝発注と言えば性能発注〟のため、グローバルスタンダードであるといえる」

──日本国において、仕様発注が一般的であることの課題・問題点について伺っていく

 「仕様発注は、官庁の技術力が民間企業よりも圧倒的に上であった昭和30年代に適応して生まれたが、時代の流れにうまく追従できなくなっている。官庁と民間企業の技術力の優劣は、昭和から平成に移り変わる頃に逆転し、現在は最先端の高度な技術力は民間企業が持っているためだ。

 このため、仕様発注方式では、設計段階で詳細仕様を確定できる〝熟して枯れた技術による施工〟しかできなく、施工業者が持つ最先端技術や施工上の創意工夫を活かしていくことが、きわめて難しくなる。

 また、センサー技術とソフトウェアを活用した〝情報化施工〟は、今日では、現場の状況を目視確認できない難工事に欠かせなくなっているが、こちらも設計段階で、その詳細仕様を確定させることなどは、ほとんど不可能だ。

 さらに、仕様発注方式で近年、大きな問題となっているのは、施工上で生じた不具合の責任の所在だろう。仕様発注方式では、施工受注業者が〝工事仕様書に示されたとおりに施工〟した結果として不具合が生じた場合には、施工内容や工法を詳細に示した発注者の責任は免れないためだ」

──そこで、性能発注の普及が重要になってくる

 「そういった諸問題を全て解決するためには、性能発注方式の出番となる。ところが、わが国では仕様発注の取り組み方や考え方だけが連綿と引き継がれてきたため、性能発注の仕方が、どこもよく分かっていないのだ。

 その結果として、PFI法にもとづく民営化を主眼とする設計・施工・運営一括の公共事業においても、工事仕様書の施工図面を文章化したような要求水準書が多く見られ、一者応札が全国的に頻発する事態を引き起こしている。

 これでは、民営化の主眼であるVFM(費用対効果)の最大化など、期待できるはずもない。だが例外を挙げると、唯一、新潟県見附市の案件が思い起こされる。DBO方式(公設民営方式)による2つの公共事業において、市長から〝しっかり競争させなさい〟との一言にもとづき、受託業者に委ねるべき設計には立ち入らない〝理想的な要求水準書〟を作成した上で、公募型プロポーザル方式により価格と技術の両面での競争原理を働かせ、複数の中から受託業者を選定している。

 それゆえ、民営化を主眼とする見附市の2つの公共事業は、性能発注方式による理想的な取り組み方を体現したモデルとして、全国の地方自治体が参考にすることが望まれるところだと考えている」

──そのほか、性能発注方式の成功事例など

 「民営化を主眼としない公設公営の公共事業が、今日でも大半を占めているが、こちらでは〝仕様発注方式で失敗・破綻し、性能発注方式で復活・成功した新国立競技場整備事業〟の他には、性能発注の活用事例がほとんど見当たらない。

 これは、仕様発注が日本人のDNAに組み込まれているかのごとくに、無意識レベルの常識と化してしまっていることへの反映だといえる。

 しかし、これまでの公設公営の公共事業において〝仕様発注方式で失敗した場合には、仕様発注方式の改善による取り組み〟が図られてきたところだが、やはりうまくいった事例はあまり見当たらない。

 それゆえ、こういった事業については、新国立競技場整備事業の例をモデルとして〝仕様発注方式で失敗しそうな場合には、性能発注方式への切り替えによる取り組み〟がなされることを、大いに期待したい」

──今後の展望を

 「私が警察庁時代に取り組んでいた性能発注については、これまでも多くの講演などでも普及を図ってきたが、いまだに一般的な発注方式になったとはいえない状況にある。

 だが、DX(デジタルトランスフォーメーション)が推進されているこのタイミングだからこそ、民間が持つ高い技術力を存分に活かすことができる〝性能発注方式〟の適用範囲を拡大していくことにより技術革新が起これば、日本は大きな成長を遂げることができるという思いで、今後も力を注いでいきたい。

 仕様発注方式だけに固執したような〝直線思考〟(一元的なものの見方)をせず、シーズとニーズのベストマッチングを紡いでいく〝デザイン思考〟にもとづく性能発注方式の普及により、この国を蘇らせる一助になれればと思う」

──長時間にわたり、ありがとうございました

<プロフィル>
 さわだ・まさゆき。1953年7月8日生まれの69歳。京都大学大学院工学研究科修士課程を修了した後、警察情報通信部門の技官として78年に警察庁入庁。以後35年間、宮城から宮崎まで9都府県で各業務に従事した。特に九州管区警察局宮崎県情報通信部長を務めていた96年には、戦後初となる性能発注方式による「宮崎県警察本部ヘリコプターTVシステム新規整備事業」を、合理的かつ効率的に完遂している。そして今年は、自身のアバターとして期待する書籍〝「性能発注方式」発注書制作活用実践法~DX、オープンイノベーション、プロジェクトマネジメントを成功させる鍵〟(発行・新技術開発センター)を編著している。

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